"青い鳥"を捜しにおとぎの国へいらっしゃいませんか? ベルギーにはあなただけの"青い鳥"がきっと見つかります。そんな旅のお役に立てれば・・・
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belpatri1.jpgベルギーの政治危機は、6月の総選挙以降、無政府状態が160日以上続き、この数週間はほとんど「分裂」しかない、とまで思われていた。
そんな中、11月18日にはとうとう国民が立ち上がった。4万人以上の人々(オランダ語圏もフランス語圏も)がここ「サンカンテネール」(建国50年を記念して1880年に造られた広場に集って「ベルギー分裂反対」のデモを行った。今日の写真はすべてMr. Anthony Albersさんのご好意により掲載させて頂いた。
[政治危機に国民立ち上がる。]の続きを読む
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brusselscard.jpgブリュッセルへ行ったら、絶対に訪れたいのが沢山ある博物館や美術館。このカードはそういう観光客の要望を見事に叶えてくれるシステムだ。代表的な25の美術館・博物館が無料、その上市内の公共の交通機関がほとんど無料。それにおまけとして、幾つかの飲食店や小売店での特別割引なども含まれている。有効期間によって、3種類が用意されている。24時間、48時間、72時間でそれぞれ20、28、33ユーロとかなりお得になっている。インターネットから買うとそれぞれ1ユーロづつ安くなっている。
[ミューゼアムをハシゴしよう!]の続きを読む
poisonleave.jpgこの植物の葉は日本の「青しそ・大葉」に瓜二つで、ベルギーに住み始めた日本人はこれを観て大喜び。即手を出してしまう。だれでも一度は経験することだ。ところがこれは毒の植物で表面には無数の細かいとげのような物で覆われている。皮膚が触れるとその無数のとげが刺さりその毒でとても痛い思いをする。ブリュッセルでも空き地などには必ず見られるし、郊外や田舎にはとても多い雑草なのでくれぐれも気を付けてほしい。
cinematheque1.jpgこの映画博物館は「ベルギーの映画の父」といわれるHenri Storck、ヘンリ・ストークによって1938年に創られた、世界でも5本の指に入るものだ。「BOZAR」にある(別の入口)が、来年までは改修工事のためボザールと同じ通り、Rue Ravenstein にその間移転し、上映場所はやはり同じ通りの「元シェルのビル」内だ。その時々のテーマに沿った映画を一日2本以上、365日上映している。所蔵しているフィルムは50,000種類、100,000本以上。すべてIT化され、3カ所に分けられ保存されている。この映画博物館の活動は「収集、修復、上映」であり、映画を芸術として将来に残すため、広めるための様々な活動をしている。
[Cinematheque 映画博物館]の続きを読む
Charlie_Parker-Herman_Leonard.jpgまずプラスフラジェの元RTBF放送局で開催されている「ジャズの映画際」。この元RTBF(国営放送局)は1930年代に建築コンペを経て、建築された建物で1970年代に放送局は別のところへ引越した。その後1997年まで様々なジャンルのアーティストのレジデンスとなった。壊される寸前で市民の反対に合い、個人やベルギーの会社30社からの資金を元に再生計画が建てられた。2002年には修復工事も終わり(30年代の美しい姿をそのまま復元)活動が始まった。元の趣旨に沿い「映像と音」の創造の拠点だ。
連日様々なイベント、コンサート、講座などが催されている中、今日はこのジャズの映画の日程を紹介する。9月から月1回上映されている。
[ベルギーイベント情報(1)]の続きを読む
aaa1.jpgベルギーへ行くとご覧の通り、沢山の言語が使われている。公用語はオランダ語、フランス語、ドイツ語。ドイツ語を使うグループはごく少数派、ドイツ国境の辺りにいるので、ブリュッセルではフランス語とオランダ語が主になっている。EUの首都で、NATO本部もあり英語も大事な言葉(中立的な言葉)だ。まず写真の右上の道路の名前。上がフランス語:Marche au Charbon、下がオランダ語:Kolenmarkt、英語でいうと:Coal Market、石炭市場通りという意味だ。
「市役所」はフランス語で:Hotel de Ville、オランダ語で:Stadhuis
有名な教会の名前:Eglise du Bon Secours = Goede Bijstandkerk  フランス語もオランダ語も知らない外国人(特にヨーロッパ言語圏以外の人々)にとっては悪夢のような環境だ。今日はその言葉事情と首都のブリュッセルの歴史について・・・
[ベルギーの言葉事情]の続きを読む
durbuy15.jpgデュルブイのお城とは反対側には広場があって、レストランが10軒ぐらいある。ここでデュルブイ産のビールを試飲。ベルギーではこうやってゆったりとした時が流れる。
観光地とはいえ、お土産物屋などは全くなく、普通のこの街の生活を他所から来る人達も楽しませてもらう。しかし、ここがベルギー人が憧れる世界第2位の場所なんてすごい。

[Durbuy, デュルブイ世界最小の市(2)]の続きを読む
cinema1.jpgグランプラスやオペラ座から数分のところにこんなかわいい映画館がある。近くへ行って観たらちゃんと現役の映画館だ。
HPを見ると、やはりこだわりを持っている。商業化された映画の他にちゃんとアートとしての映画を大事にしている。中にはバーなどもあり、パーティなどもやっているようだ。
ベルギーでは各町には必ず小さい映画館があるが、経営はかなり厳しい。20年前にはブリュッセルにもシネマコンプレックスなるものができた。ところがそれはハリウッド派の商業映画ばかりだ。そこはさすがヨーロッパ、古い小さい映画館も同様に健在。詳しくは:シネマNOVA
[古い映画館、現役です。]の続きを読む
durbuy1.jpgこのデュルブイという人口400人余の世界最小の市はブリュッセルから南東へ120kmぐらいのアルデンヌ地方(ルクセンブルグ県)にある。この写真のお城は裏側で表側に集落があるが、数分で街を突き抜けてしまうほど小さなところだ。観光とグルメの街として国内外からとても人気がある。
なぜ"市、シティ"なのかというと1331年に市の称号が与えられて以来現在でも"市"として認められている。そのころの人口も現在とほぼ同じ位だそうだ。この街の歴史は7~8世紀ごろの文献にすでに登場するのでとても長い歴史がある。
[Durbuy, デュルブイ世界最小の市]の続きを読む
ypre1_20071110113123.jpgベルギーの町の名前はいくつかの書き方があるので、知らないと全く違うところかと勘違いしてしまう。ここイープルはベルギーの中でも「陸の孤島」のような場所にある。北のフランス国境沿いにあって、一応オランダ語圏だ。この町が有名なのは「猫のお祭り」と第一次世界大戦の時にはヨーロッパ最大の激戦地の一つになり、町のほぼ100%が壊されたこと。元々12~13世紀に建てられた街並は第一次大戦後、細部にわたるまで正確に復元された、もちろんほとんど元の煉瓦や原材料を使って。この市庁舎(できた当時は最大の商業施設)は1999年にユネスコの世界遺産に登録された。私が偶然にここを訪れた時、たまたまビーチバレーの選手権が開催されていた。ベルギーはほとんど「過疎化」というのはない。どこの地方へ行っても活気や繁栄が感じられる。ここイープルも高々3万人の小さな町なんですよ。
[Ypre, Ieper, イープルという地方の町]の続きを読む
ブリュッセルの中心部を歩いていたらこんなものに出くわした。人気漫画、BDに出てくるキャラクターだ。高さは2メートルほどあろうか・・
環境大国のEUはこの数年で都市から自動車を閉め出そうと計画している。私もベルギーに住んでいた時はすべてクルマだった。都市の中心部でも気軽にどこにでも駐車でき、ユーロになる前は1時間30~60円ぐらいが駐車料金の相場だった。ところがこのところの物価高に加え、EUの方針として自転車や公共の交通機関を利用するように、仕掛けているようだ。ただ、小さいブリュッセルの中でもかなりアップダウンがある(自転車に慣れない私にはそう見える)ので??とも感じるが、観光ならこの上ない手法かもしれない。何しろ自転車王国です。
[自転車の国(その2)]の続きを読む
ベルギーでは建物の表側、ファサードにとても気を使っている。道路側のファサードはそれぞれの管轄地域の条例に従わなくてはいけません。好き勝手に看板等をだすことは許されてはいないのだ。「街並に合った」看板はとてもおしゃれなデザインでそれを見るだけでも楽しい。今日はその幾つかを紹介します。左の写真はOverijse、オーバーレイセというブリュッセルの郊外の町の役所の隣にある飲食店の看板。
[看板いろいろ]の続きを読む
この人は日本で知っている人はごく僅かだけれど、ベルギーファッション界の大御所・Nina Meert 私の20年来の友達だ。
私の次男とニーナの次男が幼稚園からの同級生だ。PTAの会合などで顔を会わせ仲良くなった。彼女も男の子二人のお母さんで当時離婚したばかりで、大変な時によく子供達を預かったりした。丁度私は何もしていなかったし、田舎に住んでいたので、子供にはとてもいい環境にいた。素晴らしい女性で、私はいつも彼女に憧れていたので、私にできることはいつでもお手伝いしたいと思っている。今日は彼女のことを例にベルギーの仕事事情を簡単に、知っている範囲で説明したい。
[ベルギーファッションの大御所・Nina Meert]の続きを読む
ilot-sacre1.jpgこのイロサクレ、神聖なる島、といわれる飲食街はグランプラスの横を通っている「マルシェオーザルブ、Marche aux Herbs」通りを隔てたところにあって、ブリュッセルへ観光したことのある人なら誰でも行ったはずの地区。有名な人形劇場「Toone」やムール貝の店「シェ・レオン」などがる。高級な「Galerie St.Hubert」もこのイロサクレの中を突っ切ている。グランプラスとは反対側には、オペラ座がある。この地区はクルマが通れる通りが2~3本あるだけで他はこのように狭い路地が入り組んでいる。古い庶民の街が残っている。これを残すためにここの住民たちは、ある種の「血を流さない革命」の勝利を1960年に経験している。それ以後ここの都市計画などはブリュッセルから独立した形で、この街の「行政(NPO)」が取り仕切っている。これが大成功を修め、ブリュッセルや他の地域もイロサクレに敬意を表し、ここから学んでいることは確かだ。
[ブリュッセル中心部にある独立国 ・Ilot Sacre イロサクレ]の続きを読む
オペラ座第2弾、修復作業について。
ベルギー国民にとっては、多分国会議事堂よりも重要な場所がこのオペラ座だ。ベルギーの建国に重要な役割を果たした。1830年に独立戦争が勃発したのは、それまで数々の領主達に支配され、1815年からはオランダの支配下にあったベルギー(まだ国の名前すらない時)は不満を募らせていた。その時にこのオペラ座での演目は愛国心をくすぐられ、奮起した市民は、このオペラ座の前の広場に集り、ここから武力でオランダを追い出す決心をした。その後1855年に火事で内部のほとんどは焼け落ちたが翌年には内部だけを再建し、現在に至って居る。内部の修復作業は2003年から5年間に渡り、今年9月に終結し、その詳細がレポートになった。今日の写真はすべて「Regie des Batiments ベルギー建築省」からお借りした。
[ La Monnaie・De Munt オペラ座(その2)]の続きを読む
タンデム自転車に犬用のシートと車輪を付けて、天気がいい日はピクニック。
これはブリュッセル郊外の「Overijse・オバーレイセ」というところで出会ったカップル。
ベルギーは、エディ・メルクス始め数々の自転車レースのチャンピオンを生んだ国で、普通の人達の間でも自転車は大活躍しています。今日は一風変わった自転車を幾つかご紹介します。
[自転車の国(1)]の続きを読む
eu1.jpg今日、11月1日は「EU ヨーロピアンユニオンの独立」記念日。今年はEUができて50周年の記念の年で、ブリュッセルでは様々な記念イベントが開かれている。一国が独立を宣言しても、国際社会がそれを認めなければ意味がない。マーストリヒト条約が施行された日、CIAの情報には「EUの独立は1993年11月1日」なのだそうだ。ベルギーもそうだが、文化や文明の歴史は数千年あっても「国」というのは政治的国境で時代によって変わっていく。これが日本とは根本的に違う。国境は政治的に作られたもの。個人のアイデンティティーを国に求めるより、それぞれの生まれ持った血筋や文化や社会で決まって来る。だからEUのモットーは「団結した多様性」、違うことが当たり前、でもお互いの繁栄のために団結しよう・・・
[EU の独立]の続きを読む
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