"青い鳥"を捜しにおとぎの国へいらっしゃいませんか? ベルギーにはあなただけの"青い鳥"がきっと見つかります。そんな旅のお役に立てれば・・・
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
pita1.jpgタイトルの住所はちょっと自信がないのですが、まあその辺りということでご了承願います。本当の通り名より通称「ピタ通り」というのだそうだ、息子曰く。このように「ピタ」のお店がずらりと並んでいる。ピタは日本で知られているかどうかも判らないけど、ベルギー特にブリュッセルや都市では簡単に安く食べられることで昔から人気がある。ベルギーでいうところの「Snack」というところで食べられる、元々トルコやギリシャの食べ物。このピタ通りは小便小僧やグランプラスのすぐ脇の通り。
[ピタ通り(Marche aux Fromages, Kaasmarkt)]の続きを読む
スポンサーサイト
bshop1.jpgベルギーでウィンドーショッピングするのは、この上なく楽しい。美術館やどこかの展覧会に行くのと同じ驚きや感激がある。
下町(マロル地区)の何気ないお店でこんな古い、本物のメリーゴーラウンドを売っていた。びっくりして、ついこの左の男性(オーナー)に「これっていくらなの?」と聞いてしまった。オーナー「40,000ユーロ」という答えに息子が空かさず「フェラーリの値段だ」と。それに対してオーナーは「フェラーリじゃないよ、ベンツ1台だよ。でもこのメリーゴーラウンドを買えば1台だけじゃなくて12台ものクルマが手に入る!」これ、中でしっかり動くようになっていた。
[ブリュッセル下町ウィンドーショッピング]の続きを読む
oudemarkt1.jpgここはヨーロッパで一番古い大学があるルーヴァンという町。ブリュッセルから西へ20kmほど行ったところにある。私が30年ほど前にベルギーに就職した時に最初に住んだ町だ。何も知らない時になぜこの町を選んだかというと、やはり大学町=若者と活気、そしてとても古い町でブリュッセルから離れているのも魅力だった(オフロードバイクに乗っていたので、都会は絶対に住みたくなかった)。まだ学生気分が抜けていなかったので、ここでの生活はとても楽しかった。特にこのアウデマルクトは、このように「こじゃれて」なくて、本当に古い学生バーがこの一面に軒を連ねて、週末ともなるとそれぞれのバーからの騒音と酔った学生たちのわめき声。・・・とても楽しい思い出。今年の6月には覚えているバーを数十年ぶりに訪ねてみた。
[Oude Markt Leuven・アウデマルクト「古い市場広場」ルーヴァン]の続きを読む
tt1.jpgこの写真を観ただけでどこだか解る人は本当のブリュッセル通。
これはブリュッセルの中心部からそれほど離れていない巨大倉庫、Tour & Taxis。去年久々にここへ行った時は、あまりの感動に胸がどきどきでした。なぜかというと昔、よくここに来たのは、日本に居た母が小包を送ってくれると2回に1回の割でここへ呼び出されました。外国から来た荷物に対して税金を払ってから受け取る場所でした。母が孫に手編みのセーターやおもちゃを送ってくれたのに、非常に高い税金を払わされた苦い思い出ばかり。この場所の名前の「Taxi」は「Tax・税金」と勘違いしていました。その後いつのころか、日本からの荷物は何もなく家に届くようになったので、この「Tour & Taxi」のこともすっかり忘れていました。
去年偶然、息子に連れられこの場所に行った時は、衝撃というか建物のあまりの美しさに唖然としてしまいました。現在は別の用途に使われています。
[ブリュッセルの隠れた名所「Tour & Taxis」]の続きを読む
これはブリュッセルからナミュールに向かって電車でいくと、ブラバントワロンに入って最初の駅、ラフルプ。この周辺は郊外の高級住宅地だ。普通の郊外の駅周辺は、日本の駅前とは違いほとんど何もない。ここも駅前には古ぼけたいい感じのカフェが2軒あるだけ。この駅舎はベルギーの田舎の典型的な建築。鉄道が敷かれた時に作られた建物だ。この建物の裏はホームになっている。私もこの前の道路は良く通るけれど、いつのまにここは駅ではなく別のものになっていた。外からは全く判らないけれど・・・
[La Hulpe の駅舎]の続きを読む
ブラバントワロンの首都は、この銅像のある人口3万人の町ワーブル。ベルギーの町には必ずと言って良いほど何らかの「街の象徴」がある。ブリュッセルは「小便小僧」、ルーヴァンには「Fonske」、ここワーブルはこの「Maca」マカ。お尻をなでるとこの一年は幸せになれるといわれる。1962年に作られた「Jean Godart」の作品。市役所のすぐ外にある。
私はここから4~5kmいった村に住んでいた。近くの町というのがここだったので、隅々まで知っているつもり。ところが、去年今年とここに行った時には、とてもうれしい驚きが沢山あった。15~20年前には全く何もなく、薄汚れた裏通りなんかが見事に復活していた。沢山のお店屋さんがオープン、沢山の廃墟がすてきな店舗に生まれ変わっている。人々は相変わらずゆったりといつもの日常を楽しんでいる。


[Wavre・ワーブル・ブラバントワロンの首都]の続きを読む
quick8.jpgWikipediaによると1971年にアントワープ郊外に初めてできたマクドナルドのようなハンバーガー屋だ。
ベルギーというと伝統を重んじるグルメの国のイメージだ。その通りなのに面白いと思ったのが、このクィックだ。現在ベルギーを中心にルクセンブルグやフランスにも進出しているらしい。マクドナルドが入る10年も前からベルギーには似たようなハンバーガー屋があるわけだ。もちろん若い人達が来るのでこのクィックも事業拡大できたわけだが、一般のベルギー人は、いまだにこのようなアメリカ式の食事方法には抵抗があるはず。その理由は・・・

[Quick ベルギーのハンバーガー屋「クィック」]の続きを読む
monnaie1.jpgベルギーではほとんどの場所や物に二つ名前がある。タイトルに書いた「La Monnaie・ラモネ」はフランス語の名前、「De Munt・デミュント」はオランダ語、両方ともこのオペラ座の名前だ。意味は同じ「貨幣」。1700年に初めてできた時、すでにこの場所がそのような名前だったらしい。
1800年、ナポレオンが同じ場所にフランスの建築家に新しく建て直させた。1819年に出来上がり、現在でも使われている。(途中火事で中側が焼けて作り直してはいるが。建て直させたナポレオン自身は1815年のワーテルローの戦いで敗れ、セントヘレナへ島流しになっている。)ベルギーはその後1830年まで15年間オランダの支配下にあった。オランダの支配に対する不満が積もり積もっていた矢先このオペラ座での演目の内容が「自由のために立ち上げれ・・」というような内容で、それに奮起させられた市民がこの広場に集り、独立のための戦争となった。カトリックの地域をプロテスタントのオランダに支配されていた不満が爆発した。
この写真は2007年6月末、南アメリカの人々が音楽を演奏していた。

[La Monnaie・De Munt・ベルギー王立オペラ座]の続きを読む
jeuxdebols1.jpg蚤の市」で紹介したマロル地区にある広場「Place du jeux Balle」に面した角に「Jeux de Bols」というバーがある。営業時間は朝7時から午後3時ごろまで。ここで開催されている蚤の市に合わせた営業時間だ。
ここのご自慢は「毎日違うスープとレバノン料理」。スープで暖まりながらビールを味わうのだそうだ。
ここの経営者「サラおじさん」と「スープバー」を紹介します。
[マロル地区の「スープ・バー」]の続きを読む
embassy1.jpg今日はとても悲しいニュースをお伝えしなければならない。1959年に建てられたベルギー大使館が11月中旬に建替えられる。元大名屋敷であっただろう面影を残す。約9000平米の四角い土地の廻りは、時代劇にでてくるような瓦付きの土壁風の塀で囲われている。
これが全て壊され、写真のような巨大ビルが二つ建てられるようだ。右側の小さめのビルが新しい大使館の建物だ。夏にベルギーから同僚が来日し、別件でベルギー大使にお目にかかった際、このニュースを聞かされた。あまりのショックで気も動転。カメラも持参していなかったので、これらの写真は初めて携帯で撮ったものなのでまともには撮れていないのが残念。
[東京のベルギー大使館が改築される]の続きを読む
chateau2.jpgブラバントワロン地方でも一番ブリュッセルに近いところに「ジェンヴァル・Genval」という場所がある。ここはごらんの通りスイスのレマン湖並みの豪華な保養地・高級住宅地として、ベルギー国内ではもちろん世界中の方々に知られている。この「ジェンヴァル湖」はマーティンズホテルグループのプライペート湖。プライベートと言ってもちゃんとここの自然を守って行くためのNPOが地元の人達を中心に設立され、その自然を守るための規律はとても厳しい。ここにあるマーティンズホテルグループのメインになる「Chateau du Lac」というすばらしいホテルを紹介します。このブログのメインの写真は昼間のシャトーデュラック。

[世界中の富豪や貴族がお忍びで・・・]の続きを読む
madam1.jpgブリュッセルの中心地・グランプラスからミディ駅の方向へ歩くと数分でこんな銅像に行きあたる。ちょっと前までこんな感じのおばさんはそこら中に居たような気がする・・・  実はこの銅像は、1938年から現在でも演じられている演劇の中に出てくるおばさんの銅像だ。ブリュッセル語を話し、ブリュッセル流ユーモアに溢れた劇で、2000回は上演されただろう。その内1500回この「ぼうしおばさん」を演じた俳(男)優が丁度1年前に亡くなった。数少なくなったブリュッセル語を話すブリュッセル人がまた一人減った訳だ。(ブリュッセル語とブリュッセル人のことはいずれ紹介したいと思う)
この銅像は何年も前からここにある。ブリュッセルでは年に1回このぼうしおばさんのお祭りをやっている。ブリュッセル語を話すブリュッセル人、下町のお祭りだ。

[Madame Chapeau 帽子おばさん]の続きを読む
villerslaville1.jpgブラバント・ワロン地方の一番南に「Villers-la-ville」という大きな修道院跡があり、現在は観光地として少しだけ知られるようになった。1100年代に作られ、アップダウンはあったものの最盛期には10.000ヘクタール(横浜市中区の5倍、西区の15倍)を所有した修道院だ。1790代にフランス革命軍によって破壊され、皆殺しになった。100年後の1890年になってようやくベルギー政府が国の文化財に指定した。

[Villers-la-ville ・ヴィレースラヴィル 巨大修道院跡]の続きを読む
たまたま通りがかった「Ottignie・オティニー」という人口9千人ぐらいの小さな町で青空市があった。これはベルギーではごく普通の光景。ほとんどの町や村、集落では週に1~2回、決まった曜日に市が立つ。
周辺の人々は今でもこのような市をあてにした生活をしている。例えば、私が住んでいた村「Grez-Doiceau」では、金曜日に朝市が立つので、その日の夕食は「魚」という家庭が普通でした。今では自家用車で行けばスーパーがありますが、昔はさかなは高級な生ものだったんです。現在でもさかなはスーパーではなく、週に1回来る魚屋さんでしか買わないという人も沢山います。

[小さな町の青空市]の続きを読む
solvay1.jpgベルギーの化学者・Ernest Solvay が住んでいたLa Hulp にある220haの広大な土地屋敷が国に寄付され、現在はブラバント・ワロンの行政の管理下にある。一般に公開されていて、だれでも入場料などもなく自由に散歩できる。ブリュッセルの中心部から20分ぐらいのところで、シャトーデュラック(上の写真)のあるジェンヴァル湖からも数分のところだ。
[Park Solvay at La Hulpe ソルヴェパーク]の続きを読む
mapブリュッセルを囲んだプロビンス(日本の都道府県にあたる)をブラバントという。かつてはブラバント公という貴族の領地だった歴史があり、ベルギー国歌も「ブラバントの歌」というぐらい重要な地域だ。一つの地域が現在は3つに分かれてしまった。北の「ブラバント・フランドル(オランダ語圏)」「ブリュッセル首都(フランス語とオランダ語)」そして「ブラバント・ワロン(フランス語)」。今日はベルギーで一番小さなプロビンス、ブラバント・ワロンを紹介したい。私が長い間住んだ地域だ。
[ブラバント・ワロン地方]の続きを読む
dogtoilette1.jpgベルギーでは時折このようなサインを見ることがある。
日本のように犬のウンチは飼い主が持って行かなければならない、ということはない。
犬用の公衆トイレがちゃんとあるからだ。

[犬の公衆トイレ]の続きを読む
eu-honbu.jpgユーロクラートという言葉は、ベルギーでは15年ほどまえからボチボチ使われ始めた。

新しい言葉でネット上のアメリカ系の辞書には「EUを仕切るエリート集団」というようなことが書かれているが、少し違う。まず、ヨーロッパ人が一番嫌っている言葉が「エリート」という言葉だ。理由は歴史的なもので、ナチスドイツが自分たちを「エリート」としたから。ヨーロッパではこの言葉を使わない方が無難だ。

ヨーロッパでは、この60年で歴史的なクラス階級はほぼ崩壊してしまった。60年代の植民地などの独立、それまでの貴族階級や特権階級の人々の富は、厳しい税制により無くなりつつある。高い税率、行き届いた福祉、規制された労働時間や金融・経済などで「貧富の差」が狭まった。

アメリカや日本のように「学閥・学歴」などの差もない。

それではこれからのヨーロッパで「格差」というか「階級」は何によって分かれるか?

このような話の時に出てくるのが「ユーロクラート」だ。

簡単に説明すると「言葉が沢山できる階級」とそうでない人々。そしてそのギャップは広がりつつある。
[「ユーロクラート」と呼ばれる人々]の続きを読む
marcolini11.jpg今や世界中でもてはやされているベルギーのチョコレート。その最高峰、ピエール・マルコリーニの本部がブリュッセルのサブロン広場にある。この角の見事な建物全部がマルコリーニ本部だ。
私の元夫や彼の家族は呆れるぐらいのグルメで、私も何となく教育されてしまった。日本のマスコミに左右されることなく、マルコリーニがチョコレートの「オートクチュール」のなかでも最高峰であることを認める。今日はその「ベルギーチョコレート」の話。

[チョコレートの王様・Pierre Marcolini]の続きを読む
crep1.jpg
ベルギー旅行の楽しみの一つは、食べ物。噂だと国民一人あたりの飲食店の数は世界一とか・・・
それほど「食事」というのはベルギー人にとっては大事なことだ。研究熱心で味にとてもうるさい。
今日紹介したいのは、ベルギー風そば粉のクレープ、しかもデザートではなく食事のクレープだ。
[食事は「そばクレープ」が最高!]の続きを読む
young gallery2今日紹介するのは、place Stephany(avenue Louise) のコンラッドホテルの中庭に面した一階にある斬新な写真のギャラリー「Young Gallery」。
Mr.Pascal Young という方が2000年にオープン、現在の場所に移ってきたのは2005年という話。オープン当時からブリュッセルのアートシーンでは話題の的になっている。有名、無名問わずMr.Youngのセンスのみで写真家を選択している。
[写真ファン必見「Young Gallery」]の続きを読む
Brussells Door1ブリュッセルの街全体が巨大な「博物・美術館」と言ってもオーバーではない、と思っている。その中でも建築物は、ひとつ一つが芸術作品のようだ。

アールヌボー、アールデコ・・・
今日は「ドア」の写真を紹介したい。家の数と同じだけの種類やデザインがある。どれを観ても同じ物はない。芸術というものが空気のごとくある、のがベルギーだが、街を散歩するとベルギーにおける「職人魂」が感じられる。
これらの写真はすべて「Ixelles・イクセル」というブリュッセルのコミューン内で撮った。これらの写真はすべて「普通の家のドア」(2006年6月と2007年6月)
[ブリュッセルの家のドア]の続きを読む
wall1.jpgベルギーは昔から漫画の国でもある。BDとかStripとかいうのが漫画にあたる。
最近、ニュースを湧かせた有名な「タンタン」もベルギー産の漫画だ。

ブリュッセルのいたる所(話では500カ所以上)にこのような「マンガ壁画」が、人々を楽しませてくれる。この写真はグランプラスのすぐ近く「Hill's Music」という古い楽器店の壁を使ったもの。
[壁画の街ブリュッセル]の続きを読む
toone30.jpg
ブリュッセルの中心地・グランプラス広場の隣に古くからある「トーン人形劇場」がある。
この人形劇場は昼間は、カフェだ。とても古い典型的なブリュッセルが味わえる。
ブリュッセルの人形劇と言っても「子供」の特権には収まっていないのがこの歴史あるトーン劇場だ。
僅かながら残っている「ブリュッセル風べらんめえ」が聞けるのも楽しい。
[人形劇場・トーン]の続きを読む
supermarket6.jpg

ごく普通のスーパーマーケットを紹介しましょう。
「Delhaze・デレーズ」というスーパーで、昔からどの町にも、どの地域にもある普通のスーパー。

日本と違うところは、人件費が高いので人を使わない様々な方法が取られている事。
[普通のスーパーマーケット・Delhaze]の続きを読む
PerfectEuropean.jpg

ブリュッセルのお土産屋さんへ行くとこの写真の絵柄のお土産物をよく見る。
マウスパッド、ポスター、マグカップ・・・

EU参加国の国民性を皮肉った風刺絵だ。
もちろん現在は25カ国以上になっているが、これは少し前のものなのだ。
[「完璧なヨーロッパ人」とは・・・]の続きを読む
begijnhof1.jpg

ブリュッセルから西に20kmぐらいのところに「Leuven・ルーヴァン」という古い大学町がある。この町は紀元800年ごろにはすでに文献に出てくる。大学が設立されたのは1425年、現存する大学では世界最古らしい。

中世のころはブリュッセルよりも重要な都市であったというのは充分に感じられる。
《私は最初にベルギーに来たころ(30年ほど前)この町に住んでいた。》

この中世の町の一部に「ベギン会修道所」があり、ベルギーフランドル地方にある26の修道会とともに1998年に「世界遺産」に登録された。
[世界遺産 Groot Begijnhof がある大学町ルーヴァン]の続きを読む
newslogo.jpg


ベルギーは、独立(1839)以来最大の政治的危機に直面しています。
ベルギーという国の存続さえ危ぶまれている現状をご存知ですか?

2007年6月10日の総選挙でベルギー第一党、キリスト教民主フランドル党(CD&V)が過半数を取れず、未だに「無政府状態」が続いています。

[ベルギーの政治危機]の続きを読む


ブリュッセルの中心部・旧市街地内南東部にある「カルチェ・マロル」は丁度東京の浅草三谷に当るところかもしれない。ここはとても活気があり、純粋な「Bruseller・ブリュッセル児」がいる下町だ。
その地区の中心になる「Place du Jeu de Balle・プラス-デュ-ジュ-ド-バル」という広場で毎日行われている有名な「蚤の市」を紹介したい。
[ブリュッセル・蚤の市]の続きを読む
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。